<ドイツ語の本を日本語に翻訳する際、4分の1ほどカットしたいと著者に申し出たことがある。著者に理由を説明すると、「きっと日本人のほうが、頭がいいんですね」と笑った> 翻訳をしていて、いつも気になることがある。文芸作品は別だが、ドイツ語であれ英語であれ、繰り返しの多さだ。これでもかこれでもかというほど、同じことを繰り返す。 以前、『幸せの公式』(講談社)という作品を翻訳した。最新の脳科学の知見をベースに幸せとは何かについて論じた、とても興味深い作品だった。著者はドイツの有名週刊誌『シュピーゲル』の元記者で、文章はとてもうまい。 しかし、とにかく繰り返しが多く、くどいのだ。仕方なく私は、ドイツのエージェントを通じて4分の1ほどカットしたいと申し出た。文章がくどいと言うのも気が引けたので、「厚い本は日本では売りにくい」など、あれこれ理由を並べて説明した。 しかし、返事が来ない。ずいぶん経ってから、婉曲な断りがあった。けれども、どうしてもこの膨大な繰り返しを訳す気にはなれなかったため、思い切って最初の10ページをコピーして削りたい箇所を囲い、「このようにカットしたいと思います」とエージェントにファクスで送った。 すると、その1時間後になんと著者から直接返事が来たのだ。「了解。すっきりして、かえってわかりやすくなったかもしれません」。それまでのいきさつを思うと、びっくりするようなあっけなさだった。 数年後、ベルリンで著者とゆっくり話す機会があったので、そのことを聞いてみた。すると「あなたのファクスを見て、確かにこれでも通じると思いました」と言うので、「実はあなたの本だけではありません。他にも、著者の了解を得てカットしたことがあるんです。私と同じようなことを感じている日本人翻訳者は多いと思いますよ」と私は言った。 表音文字と表意文字を同時に使う日本語 私の昔からの自論はこうだ。アルファベットとカナ(ひらがな・カタカナ)は表音文字であり、漢字は表意文字だ。日本語はこの両方を同時に使う言語である。漢字とカナは脳の別のところで認識されるため、脳はより活性化される。しかも漢字は図像なので、視覚に訴える力がカナよりはるかに強い。だから、日本語を読むときには表音文字だけの欧米語よりずっとしっかり記憶される、と。 ===== 実はこれはなかなかいい線をいっていた。最近調べたところ、認知心理学が専門である米タフツ大学のメアリアン・ウルフ教授によると、表音文字を使う英語の場合は使われるのは頭の後ろの左側から耳の上にかけてであり、表意文字の中国語の場合は頭の左側と同時に右側の後ろから耳の上あたりも使われるという。 したがって日本語は、漢字を読むときは中国語に近いルート、カナを読むときは英語に近いルートと、英語と中国語の混合型となる。 先のドイツ人著者はこう話してくれた。つい何度も同じ内容を文章で繰り返してしまうのは、そうしないと読者が忘れてしまうのではないかと思うからだ、と。 「日本の読者はそんなことはないんですか?」と聞かれたので、先の自論を展開したところ、「きっと日本人のほうが、頭がいいんですね」と笑いながらも、日本語についても少し知識のある彼は、「なるほど」とうなずいた(チャンスとばかり、次作をカットする許可もしっかりもらっておいた)。 その他、高文脈(ハイテクスト)文化・低文脈(ローテクスト)文化の観点からも、なぜ欧米言語では同じ内容の文章が何度も繰り返されるのかについて付言したいことがあるが、それこそくどくなりそうなので、それはまたの機会としたい。 【参考記事】外国語が上手いかどうかは顔で決まる?──大坂なおみとカズオ・イシグロと早見優 [筆者] 平野卿子 翻訳家。お茶の水女子大学卒業後、ドイツ・テュービンゲン大学留学。訳書に『敏感すぎるあなたへ――緊張、不安、パニックは自分で断ち切れる』(CCCメディアハウス)、『ネオナチの少女』(筑摩書房)など多数。著書に『肌断食――スキンケア、やめました』(河出書房新社)がある。