<貧困層が次々とウイルスの犠牲になっているのに、ボルソナロ大統領は危機の存在さえ真っ向から否定する> 世界の指導者の中でも、ブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領ほどコロナ禍への対応のひどさで「注目」されている人物はいないかもしれない。 ブラジルでの新型コロナウイルスの感染者は22万人を超え、死者は1万5000人に迫る。いずれも世界で6番目に多い。(編集部注:18日にイギリスを抜き、感染者数は世界3位に)それでもボルソナロは、新型コロナウイルスについて「国民への脅威はない」と主張。異を唱える者がいれば、相手がジャーナリストでも国会議員でも、あるいは閣僚でも、攻撃の手を緩めない。 ボルソナロは2018年の大統領選で、既成勢力に反発する風潮に後押しされて圧勝を遂げた。今回のコロナ禍の前から、彼は対立をあおる指導者だった。しかしブラジルで新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化するにつれ、科学や公衆衛生を軽視する彼の欠点がさらに際立っている。 5月初めには「社会的距離」を無視して、友人とジェットスキーを楽しんでいる動画がネット上に出回った。4月末には国内の死者が5000人に達したことについて記者から質問され、「だから何なんだ?」と言い放った。 世界でも格差の大きい国の1つであるブラジルに、新型コロナウイルスは最悪の影響をもたらしている。約1200万人に上る最貧困層は、大都市の外れにあるファベーラと呼ばれるスラム街に暮らす。人口密度が高く、各種サービスへのアクセスも悪い地域だ。歴代政権はファベーラの周囲に壁を建てて、観光客などの目に触れないようにしてきた。 いま新型コロナウイルスはファベーラを中心に拡大し、ただでさえ乏しかった医療サービスは崩壊寸前だ。貧困層を支援しようとする活動家は対応に苦慮している。 エリアナ・ソウサ・シルバは、リオデジャネイロでファベーラの住民を支援するNGOへジス・ダ・マレのディレクター。約14万人が住むマレ地区を拠点に活動を展開している。新型コロナウイルスの感染拡大は貧しい住民への支援活動にも悪影響を及ぼしていると、彼女は言う。 へジス・ダ・マレが最優先課題として取り組んでいる活動の1つが、ファベーラの住民の中でも最も貧しい約6000世帯に食料を確保するというもの。ホームレスの人々や病人にも、毎日300食以上の食事を提供している。 このプロジェクトは、雇用創出という恩恵ももたらしてきた。ブラジルでは全国で失業率が悪化傾向にある。4月には経済省民営化担当局のサリム・マタール局長が、12%超という現在の失業率は近いうちに2倍になる恐れもあると語った。 ===== 医療機関の病床が足りないためスポーツジムを仮設病院に AMANDA PEROBELLI-REUTERS 連邦議会は3月末、非正規雇用者や自営業者を対象に、緊急援助金として月600(約1万1000円)を支給する法案を可決。4月9日から給付が始まっているが、計画の実施には遅れや混乱が生じている。 シルバによれば、援助金を受け取るには銀行口座や、サイトやアプリでの申し込みが必要なため、マレ地区の住民で受け取れる人はほとんどいない。運よく受給できたとしても、「この金額では焼け石に水」だと、彼女は言う。 光が見えない支援活動 ファベーラでは医療システムが崩壊している。シルバによれば、マレ地区には医療センターが7カ所と中規模の病院が1カ所あるが、どれもコロナ禍の前から限界に達していた。彼女に言わせれば、医療システムは「完全な混乱状態」にあり、新型コロナウイルス感染症以外の病気の治療は中止されている。 特に危険にさらされているのが、ホームレスや薬物依存の問題を抱えている人々だ。マリア・アンジェリカ・コミスは、サンパウロでホームレスや薬物依存者を支援する団体エ・ジ・レイのコーディネーター。コロナ禍が始まってから組織の役割を転換し、健康指導プログラムを実施したり、医療用品や飲料水の配給などに取り組んでいる。 だが、活動には光が見えない。「状況は実に急速に悪化した」と、コミスは言う。支援は企業などからの食料の寄付に頼っているため、コロナ禍の影響でビジネスが停滞すれば、寄付が打ち切られて食料は底を突く。 さらにコミスは、事態を悪化させているのは連邦政府だと主張する。「ブラジルが新型コロナウイルスのせいで危機にあることを、政府は組織ぐるみで否定しようとしている」。サンパウロ市当局はホームレスへのサービスを何とか継続し、食料を提供しようとしているが、とても十分とは言えない。 「警察関係者の暴力も問題」と、コミスは言う。ホームレスの人々が警官から嫌がらせを受けたり、ゴム弾や催涙ガスで攻撃されるなどしている。 新型コロナウイルスの検査や医療を受ける機会がほとんどないなかで、ホームレスの人々は通りで死にかけている。彼らにも医療機関を受診する権利はあるが、「病院に行っても偏見や差別にさらされることが分かっているため、行かない人が多い」と、コミスは言う。 ギャング団が感染防止策 本誌が取材する前の10日間に少なくとも20人のホームレスが亡くなったと、コミスは語る。もちろん把握できている数字は全体像のほんの一部であり、多くの死者は記録にも残らない。大惨事の本当の規模を測ることは困難だ。 ===== サンパウロ郊外にある国内最大の墓地では新型コロナウイルスの犠牲者が次々に埋葬されている AMANDA PEROBELLI-REUTERS リオデジャネイロのファベーラ、コンプレクソ・ド・アレマンで支援活動を行う団体コレチーボ・パポ・ヘトのラウル・サンティアゴ副代表は「新型コロナウイルスの危機は、既にあった大きな不平等をさらに拡大させた」と語る。そこから生まれたのは新たな「惨事」だと、彼は言う。 大統領が危機を無視する限り、問題に真正面と向き合うことはできない。「私たちが抱える最大の問題は、WHO(世界保健機関)に盾突く主張をするボルソナロのような人物が大統領の座にあることだ」と、サンティアゴは語る。「社会的距離の確保を励行せずに普通の生活を続けるよう、人々をたきつけている」 コレチーボ・パポ・ヘトは、飲料水もなく密集した環境に暮らす住民を守ることに苦心している。食料不足による飢えは「これまで以上に現実的な問題になった」と、サンティアゴは言う。団体の活動は寄付に頼っているため問題山積で、政府からの支援は全くないと、彼は訴える。 一部のファベーラでは、政府の仕事をギャング団が肩代わりしている。ファベーラを長年取り仕切ってきた犯罪組織が、医療品や飲料水を配給したり、外出禁止令を出すなどの措置を独自に講じているという。 「政府はファベーラを助けるために動くつもりはない」と、サンティアゴは言う。しかも、危機を乗り切るための情報さえ与えていない。 ボルソナロは5月5日、ブラジルの新型コロナウイルス大流行の「最悪の事態は終わった」と宣言した。だが、死者と感染者は増え続けている。しかもブラジルはこれから冬に入り、感染症が流行しやすい季節を迎える。 取材した活動家の中に、大統領のような楽観主義者は1人もいなかった。ボルソナロの発言に納得するかと尋ねると、サンティアゴは吐き捨てた。「ばかばかしい」 <本誌2020年5月26日号掲載> 【参考記事】ブラジル大統領ロックダウンを拒否「どうせ誰もがいつかは死ぬ」 【参考記事】ボルソナロの成績表:差別発言を連発する「問題児」、アマゾン森林火災で世界を敵に ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は?