<コレラや結核、インフルエンザが近代建築を生んだように、新型コロナも新たな都市空間をつくり出すはずだ> 今、世界各国のスーパーマーケット前の歩道には2メートルおきに線が引かれ、マスクをした買い物客が並んでいる。屋内の施設は大半が閉鎖され、人々は公園や海岸といった屋外に行き場を求めている。 新型コロナウイルスの感染拡大で、都市空間との関わり方がいきなり変えられ、移動範囲も一時的とは言え狭められてしまった。住み慣れた都市が見知らぬ街へと変わってしまったかのようだ。 だが感染症はこれまでも、建築やデザイン、都市計画を通して人間の暮らす場所のありように大きな、そして長期的な影響を与えてきた。例えば20世紀のモダニズム建築は、コレラや結核、インフルエンザの大流行を経験し、デザインこそ過密な都市で発生する感染症への処方箋だと考えた建築家たちが担い手だった。感染症による痛みが都市の新たな姿を生むのは、現代でも変わらないはずだ。 昔の人にとって、感染症の流行は身に迫った危険だった。1918~20年のインフルエンザ(スペイン風邪)のパンデミック(世界的大流行)では5000万人近くが命を落とした。コレラのパンデミックは19世紀から20世紀にかけて6回発生し、数百万人が死亡した。 結核も長らく死に至る病として恐れられていたが、1882年に結核菌が発見され、欧米ではサナトリウム(療養所)療法が盛んになった。結核患者を収容し、治療、隔離するためにデザインされたサナトリウムでは、衛生面と採光、通風が重視された。 清潔求めミニマリズムへ 病を癒やすこうした環境が、モダニズム建築の発想のもとになった。スイスの建築家ル・コルビュジエは、光に満ち、風が通る住宅でなければ居住には適さないと述べた。 モダニズムは1920年代から70年代にかけて建築界の主流となった。特徴は、形の純粋さと厳密な幾何学的構造、近代的な素材、装飾の排除といったデザイン上の原則だが、背景には20世紀前半の大きな戦争や感染症の流行が残した傷があった。凹凸が少なく清潔な建物はサナトリウムのように、病気やトラウマから住む人を守るためのものだ。 アドルフ・ロースやアルバー・アールトに代表されるモダニズム建築家たちは、病気や汚染から物理的にも象徴的にも守られた癒やしの環境を設計した。窓周りの装飾を排した「ロースハウス」は、ロースのミニマリストとしての考え方を体現していたが、当時のウィーンでは簡素過ぎるデザインが物議を醸した。 ル・コルビュジエは不要なものやじゅうたん、重い家具を家から排除し、壁や床が見えるようにすべきだと主張した。また、白塗りの家々が立ち並ぶシンプルな都市を構想し、そこでは「汚れた物陰などなく、全てがありのままに示される。そうすれば内面もきれいになる」と説いた。 ===== アールトの「パイミオのサナトリウム」(1933年) DE AGOSTINI PICTURE LIBRARY/GETTY IMAGES そうした彼の美学を体現しているのが、代表作の1つ、サボア邸だ。病院のような白に塗られ、居住スペースは病原菌のいる地面から距離を取った高床構造になっている。 建築史に詳しいイギリスの美術史家ポール・オバリーは、建物の装飾にたまるほこりはモダニズム建築において「撲滅すべき衛生上の敵」だったと書いている。 木彫りの装飾や布張りのソファなどほこりがたまりやすいものは、ミニマルなデザインの調度品に取って代わられた。アールトらは曲げ木や合板、鉄パイプなどを用いたすっきりした形の軽い家具を制作。簡単に動かして掃除ができるおかげで、物陰に潜むほこりや虫は駆逐された。 20世紀に入る頃には、結核菌を含む飛沫が乾燥し、感染力を保ったままで家庭内のほこりに潜んでいることが知られるようになっていた。「暗がりでは30年、太陽の下では30秒」という有名なうたい文句を通し、ほこりの危険性とともに、病原菌と戦う日光の力への認識が広まった。 テラス、バルコニー、平屋根というモダニズム建築の共通要素は、光と空気、自然が持つ治癒効果への強い関心を体現している。 1920年にスペイン風邪で父を亡くしたカリフォルニアの建築家リチャード・ノイトラは、あらゆる居住空間で太陽光と新鮮な空気を取り入れることにこだわった。ロサンゼルスの「コロナアベニュー小学校」(1935年)では、ガラスの壁面で各教室と外庭をスムーズにつないでいる。 フィンランドの建築家アールトによる「パイミオのサナトリウム」(1933年)は、療養効果と建築美の共存が完璧に表現されたモダニズム建築の記念碑的作品だ。建物全体を医療器具と考えたアールトは、各階に設置した日光浴・大気浴用のバルコニーで屋内と屋外をつないだ。窓のある部屋からは外の森が一望でき、遊歩道が奥へと誘う。 テラス、平屋根、綿密に設計されたインテリアや家具といった建築的特徴は、モダニズムの代名詞である機能性と合理性の表現であり、治療のためのライフスタイルを追求する姿勢の表れでもある。 このミニマリズム的美意識の背後には、超越への強い欲求があった。オランダの建築家ヨハネス・ダウカーはこう述べている。「この省力化の精神は、使用する材料によって最適な建築を志向し、非物質化・精神化に向けて着実に進化していく」 ===== 同時にモダニズムのデザインは、道徳的・物質的・社会的な幸福を統合する1つの哲学を体現していた。ル・コルビュジエは次のように指摘した。「衛生と健康な身体は都市の設計に依存する。衛生と健康な身体がなければ、社会は衰退する」 現在のコロナ危機の下では、この言葉の真実が痛いほどよく分かる。早期の感染拡大防止措置が実施されなければ、人口過密都市は感染爆発の温床になりかねない。 感染症が新基準を生む 感染症はずっと以前から、建築と社会を変容させてきた。19世紀には、コレラの大流行を受けて「パリ大改造」が行われ、ロンドンでも下水道の整備が進んだ。 新型コロナのパンデミックも既に新しい設計理論を生み出している。アーキテクチュラル・ダイジェスト誌によると、多くのデザイナーや建築家は公共スペースの感染リスクを減らすため、自動化された非接触型技術の普及を考えている(例えば声で作動するエレベーター、ハンズフリーの照明スイッチなど)。 サナトリウムがモダニズム建築に大きな影響を与えたように、汚染された空気を除去する換気システムなど、21世紀の公衆衛生に欠かせない建築の要素が公共スペースに採用される可能性もある。モダニズム建築家が衛生のために装飾を拒否したように、現代のデザイナーは抗菌性の材料を利用する可能性が高い。 「社会的距離」戦略が都市デザインに与える影響について、建築家は人々の密集を緩和するため、建物の小型化やオープンスペースの拡大を志向するという見方がある。リモートワークの生産性次第では、従来型オフィスの衰退が早まるかもしれない。社会的距離は感染拡大防止の暫定的措置ではなく、新しいデザインの基準になる可能性がある。 物理的接触が禁止または制限されている今、私たちの幸福を支える社会インフラの重要性が浮き彫りになっている。都市の人口過密は感染症の蔓延を助長しかねないが、公園やカフェ、スポーツ施設、ライブ会場などは人間同士のかけがえのない交流の機会を提供してくれる。 持続可能な都市デザインは、人々が公共スペースを自分の家のように考えることを促し、ごみの散乱、汚染、人口過密といった感染症の拡大要因と闘うことを可能にするかもしれない。デザインは社会の絆を否定するのではなく、むしろ地球市民としての帰属意識を向上させる可能性がある。 ©2020 The Slate Group <本誌2020年5月26日号掲載> 【参考記事】21世紀に輝き続ける世界の偉大な現代建築8選 【参考記事】コロナ時代の不安は、私たちの世界観を変える ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は?