<「黒人の命は」大事なのか、「黒人の命も」大事なのか、「全ての命が大事」なのか――。アメリカでも議論されているBLM運動の複雑さ。2020年7月7日号「Black Lives Matter」特集より> 筆者が住むロサンゼルスで5月末、新型コロナ対策としてさえ行われなかった外出禁止令が敢行された。ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドが白人警官に殺された事件をきっかけに、暴動や略奪事件が相次いだからだ。 日本では、NHKによる抗議運動の報じ方が批判されたという。重要な背景を簡略化して描いたことが問題だとされているが、ここアメリカでも黒人差別問題は深く入り組んでおり、簡単には語れない。 「Black Lives Matter」(BLM)と呼ばれる抗議運動の、何が複雑なのか。議論になっているのは、「黒人の命も」大事なのか、あるいは「黒人の命は」大事なのか。また、「All Lives Matter(全ての命が大事)」と同義なのか、という点だ。 筆者が最もふに落ちたのは、あるアメリカ人が掲げていたプラカードの言葉だ。「私たちはBlack Lives Matter と言っている。Only Black Lives Matter(黒人の命だけが大事)とは言っていない。私たちは、All Lives Matter であることは知っている」──。 このプラカードが言わんとしているのは、今「全ての命が大事」と訴えることは論点とタイミングがずれているということだろう。 全ての人の命が大事であることは、平和的にデモを行っている黒人たちももちろん理解している。そんななか黒人差別に抗議する運動をAll Lives Matterと拡大することは、当事者でない者が無意識のうちに「便乗」するのと同じである。 さらに日本では、フロイドがそもそも偽札を使おうとした「犯罪者」だったのでは、という反応もあった。だが、そういう認識を持てること自体がおそらく幸運で、安全な世界で育った証しとも言える。 筆者も含め多くの日本人は、罪を犯しても、警察官に目を付けられても、弁明をする機会を持っている。しかし、アメリカにおいて誰もが等しくその権利を有しているわけではない。また、職務質問や逮捕時に、瞬時に危険がないことを伝えられなければその場で射殺されてしまうかもしれない。 黒人が白人警官に殺されるという事件の本質は、彼らが黒人であるが故に、「武器は所持していないし、抵抗するつもりもない。釈明したいが息ができない」という声が全く聞き入れられなかった点にある。仮に対峙している相手が犯罪者であったとしても、基本的な人権がある。 ===== 日本からは、デモに参加することはコロナの感染拡大につながるのでは、と懸念する声も上がっていた。しかし米社会に生きる黒人からしてみれば、コロナに感染して死ぬ可能性よりも、米社会の権威側に人権を踏みにじられる可能性のほうが高い。だから、3密だろうがデモに行く。 BLM運動に参加している人たちには、実生活に根差した差し迫る理由がある。その理由が今や黒人だけではなく白人やその他の人々にも共有されているからこそ、デモには多様な人種の人々が参加している。 日本でもSNSで支援が広がっている。いま筆者が願うのは、この問題の複雑さを知ろうとあと一歩踏み出してほしいということだ。アメリカでも、複雑さに真正面から向き合おうとする動きがうねりを見せている。どうかその真摯な闘いに、もう少しだけ想いをめぐらせてほしい。 <2020年7月7日号「Black Lives Matter」特集より> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)