<台湾の蔡英文が香港からの移住希望者を受け入れると発表したのは単なる人道支援ではなく、国際社会の一員となるための戦略的な意図もはらんでいる> 中国政府が香港の統制を強める「香港国家安全維持法」を成立させたことを受けて、台湾政府は7月1日、香港市民を対象とした新たな人道支援計画および移住計画を正式に発足させた。 国家安全維持法は6月30日に、全人代の常務委員会で全会一致で可決・成立。香港警察は既に、同法に基づいて複数の市民を逮捕している。 台湾の蔡英文総統は、2期目に突入して直後の5月下旬に、香港からの移住希望者を支援する考えを表明。立法院(議会)に対して「人道的な支援行動計画」の策定を求めていた。6月には対中政策を担当する大陸委員会が計画の詳細を発表し、同計画は民主主義と自由、人権を支持する台湾の姿勢を示すものでもあると位置づけた。中国の台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室は、これに強く反発。「香港に混乱をもたらす暴徒らを引き受けることは、台湾市民にとって有害でしかない」と警告した。 今回の台湾の計画は、迫害を受ける香港市民のための単純な支援計画に思えるかもしれないが、実は見かけ以上に戦略的な意図をはらんでいる。台湾の行動は、ほかのアジア諸国とは一線を画すナショナリズムを強く反映しており、アジアの力関係を根本から変える可能性もある。 「民族統一」とは一線を画す 台湾のアプローチの独自性を説明するには、比較を用いるのが分かりやすいだろう。台湾は今回の支援計画を「人道的なもの」と位置づけ、民主主義と人権を獲得するための闘いを支援することが目的だとしている。一方、同じアジア地域の民主主義体制である韓国は、北朝鮮からの難民の移住受け入れ計画を「民族同胞の支援」と位置づけている。 この違いは、台湾と韓国が自分たちのアイデンティティーを築いてきた道のりの違いを反映している。 台湾では、国共内戦(1946年~49年)で毛沢東と中国共産党に敗れて本土を逃れてきた中国国民党(KMT)の統治下で、台湾ナショナリズム(台湾は中国とは異なるひとつの国民共同体だとする考え方)が形成された。同じ漢民族のルーツを持ちながらも、多くの台湾市民は自分たちと本土市民(外省人)の間には大きな文化的な違いがあると考えていた。だが世代交代によって両者の民族的な違いは薄まり、中国との関係については現状を維持しつつ、台湾の民主主義体制をアイデンティティーとして支持する考え方が主流になった。 <参考記事>国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉 <参考記事>「イギリスが香港のために立ち上がらないことこそ危機だ」パッテン元総督 ===== 近年では、自分のことを(「中国人」でも「中国人と台湾人の両方」でもなく)「台湾人」だと考える市民の割合が、これまでで最も多くなっている。この認識は党派を超えたものだが、特に野党として長年民主化を求めてきた民主進歩党(民進党)支持者の間で強かった。その民進党の主席(党首)である蔡英文が現在の台湾総統で、彼女の今回の決定は、台湾は「民主主義国家である」というアイデンティティーを改めて揺るぎないものにしている。 一方の韓国は、古いアイデンティティーと新しいアイデンティティーの間で足踏み状態にある。韓国では出生率の大幅な低下から、移民や外国人労働者がこれまで以上に必要とされるようになっており、多くの意味で「多文化社会」に移行しつつある。だが北朝鮮市民に関しては「同一民族」の原則を頑なに守っている。北朝鮮市民は「元来(韓国の)市民権を持っている」と見なされることが多く、再定住に際しては、ほかの国からの移民どころか韓国系中国人(朝鮮族)でも受けられない優遇措置を受けている。 脱北者のための再定住施設は「ハナ院(ハナは「統一」「結束」の意)」と呼ばれている。朝鮮は同じ民族からなる単一国家であり、朝鮮戦争の悲劇によって一時的に2つの統治システムに分かれているだけだという考え方だ。 「同族意識」が阻む韓国の進化 朝鮮は20世紀前半に日本の統治下にあった時期を乗り越えた経験もあり、民族的な同類意識は変わることなくアイデンティティーの一部として維持されてきた。だが韓国の少子高齢化の現実を考えると、北朝鮮市民を民族的な例外として扱う今のやり方は、韓国の国家としてのアイデンティティーの進化を阻んでいる。 北朝鮮市民を同一民族として例外扱いする韓国のやり方は、彼らが支援したいと考えている脱北者コミュニティーにも矛盾したメッセージを発信している。多くの脱北者が、「民族的な結束」という論調が必ずしも、自分たちが韓国社会に受け入れられることを意味する訳ではないと感じている。韓国で差別や失業などの問題に直面して幻滅する脱北者は多い。 外交政策への影響もある。北朝鮮に対する韓国の民族主義的なアプローチは、朝鮮半島問題に関する責任を伴い、また「自分の面倒は自分で見る」という韓国の行動原則を表している。「国民の和解」を目指すことが最終目標だというならば、このアプローチは妥当なものだと言える。だがこのアプローチは一方で、脱北者の問題をより国際的な人権保護の問題に発展させるのを阻み、韓国が民主化推進の取り組みに関して、周辺地域や国際社会でより幅広いリーダーシップを発揮する能力を制限することにもなる。 対照的に、香港の問題に対する台湾のリベラルな主張は、インド太平洋地域を「世界秩序についての自由なビジョンと抑圧的なビジョンが競い合っている」と評するアメリカの最新の国家安全保障戦略に沿うものであり、台湾を、香港の民主主義の保護を支持する国際社会の一員に組み込むものだ。この一見したところ小さな違いが、民主主義と人権を求める闘いのアジアの、ひいては世界の「新たな前線」としての台湾の立場を確立することにつながるのだ。 From Foreign Policy Magazine 【話題の記事】 ・台湾のビキニ・ハイカー、山で凍死 ・中国は「第三次大戦を準備している」 ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・異例の猛暑でドイツの過激な「ヌーディズム」が全開 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト) =====