<今年の大統領選で「最重要州」と見なされるペンシルベニア州──人口動態や産業構成から見てもアメリカを象徴するこの州に懸ける両陣営の本気度は> それは忘れたくても忘れられない悪夢。民主党大統領候補ジョー・バイデンとその陣営はこの夏、何度もその悪夢にうなされたはずだ。4年前(建国240周年の節目の年だった)の11月、事前の世論調査で一貫してリードしていた民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンは、建国の地ペンシルベニア州の投票で1ポイントに満たない僅差で敗れ、当てにしていた選挙人20人をそっくり失い、共和党候補ドナルド・トランプに大統領の座を奪われたのだった。 同じ失敗は許されない。政策で負けるはずはないから、問題は戦術だ。新型コロナウイルスの感染爆発を受けて、バイデン陣営はリアルな(人と人との接触を伴う)選挙運動を「自粛」していた。しかし新型コロナを「ただの風邪」と見なすトランプ陣営は4年前の成功体験をなぞるように、リアルで派手な選挙集会を続けていた。運動員もリスクを覚悟で何百万軒もの戸別訪問を行っていた。 だから秋が来ると、バイデン陣営は戦術を変えた。候補者自身が先頭に立ってペンシルベニア州の各地に出向き、有権者に顔を見せ、語り掛けるようになった。 この戦術転換を促したのは、9月26日にABCニュースとワシントン・ポスト紙が発表した共同世論調査の結果だ。バイデンのリードは10ポイントあったが、「とても熱心」に支持する人は51%のみ。対するトランプには「とても熱心」な支持者が71%もいた。「これで非常ベルが鳴り響いた」と陣営幹部は言う。 「ペンシルベニアは絶対に落とせない」と、この人物は本誌に語った。「(勝つためには)あらゆる手を使う。たぶん勝てると思っているが、もしもここで負けたら、一巻の終わりだ」 なぜか。単純に数字だけ見ても、ペンシルベニアの票は全米レベルの勝敗を大きく左右する。大統領選では一般投票を州ごとに集計し、州の人口(具体的には連邦議会に送り出す議員数)に応じて割り振られた選挙人を選ぶ。ペンシルベニア(20人)を含め、ほとんどの州では1票でも多かったほうが州の選挙人を総取りする。選挙人は全体で538人なので、合算して過半数の270人以上を獲得した候補が勝者となる。 そしてペンシルベニアでは民主・共和両党の支持率が拮抗している。だから大方の予想では、ペンシルベニアが今年の大統領選の「最重要州」と見なされている。一説によれば、トランプがペンシルベニアを制すれば再選の可能性は84%、バイデンが制すれば初当選の確率は96%だ。 国の運命が決まる戦い 人口動態や産業構成で見ても、ペンシルベニアはアメリカ社会全体を象徴している。この州では非大卒・非ヒスパニックの白人有権者(州の中心部に多い)と、大卒で人種的にも多様な有権者(大都市とその郊外部に多い)がほぼ拮抗している。ハイテク、バイオなどの先端産業もあれば鉄鋼やエネルギーなどの伝統産業もある。 ===== バイデンは上院議員時代からペンシルベニア州の労組関係者との付き合いを深めていた(9月) MIKE SEGAR-REUTERS 「ペンシルベニア州はこの国の縮図だ。人口密度の高い都市部に民主党支持者が集中し、人口密度の低い地域には共和党支持者が多い」と指摘するのは、同州南部にあるディキンソン大学のデービッド・オコネル准教授(政治学)だ。「だから、ここでの結果が国全体の命運を決する」 そうであればこそ、運命の投票日を2週間後に控えた今も、両陣営はペンシルベニアで火花を散らしている。バイデン陣営は4年前の失敗を繰り返すまいと必死の努力をしているし、トランプ陣営はウイルス感染のリスクを冒してでも4年前の勢いを維持しようとしている。 そして今年は、投票が済んでからも争いが続く可能性がある。投票の手続きに異議を申し立てようと、両陣営(とりわけ共和党側)の弁護士が手ぐすね引いているからだ。その場合もペンシルベニアが主戦場となるだろう。 トランプ陣営はペンシルベニアで、しばしば「フラッキング」という語を持ち出している。岩盤を破砕して天然ガスを取り出す手法で、その際に用いる薬品による環境汚染が懸念されるため、国によっては禁止しているが、ペンシルベニアはこれのおかげで全米第2位の天然ガス産出州となった。もちろん、しかるべき雇用も生み出している。 新型コロナウイルスに感染して10月初めの数日を棒に振ったトランプは、退院の翌日さっそくツイッターで「フラッキング(雇用だ!)にも銃にも宗教にも反対するバイデンがペンシルベニアで優勢だなんて世論調査はインチキだ」とほえた。 副大統領のマイク・ペンスも翌8日の副大統領候補テレビ討論会でこの問題を取り上げ、バイデンはフラッキングを禁止するつもりだと非難した(事実として、バイデンはそんな主張をしていない)。そのまた翌日にも、トランプは「フラッキングのもたらす雇用と利益がなければペンシルベニア州はおしまいだ」とツイートしている。 ペンシルベニアの農業地帯や工業地帯の有権者は、以前は民主党支持だったが、最近は都市部重視の同党に見放されたという不満が強く、それが前回の共和党勝利の決め手となった。トランプは当時、この地域をくまなく回り、外国との貿易協定のせいで工業も農業もぶち壊されたと主張。自分なら鉄鋼所も石炭産業も守る、天然ガス業界も環境保護派から守る、農家の暮らしも守ると約束した。 その作戦は当たった。4年前の出口調査では、ペンシルベニア州の農村部と準郊外地ではトランプが71%対26%の大差で勝っていた。大都市圏でこそ民主党クリントン陣営が優勢だったが、州内に67ある郡のうち63郡では、共和党が2012年の大統領選時より大幅に票を伸ばしていた。 今回、トランプ陣営は4年前に獲得した支持基盤を守らねばならない。だから選挙戦の最終盤では100万戸の戸別訪問を試みるという(検証は不能だが)。既に4000回以上のオンライン対話を重ね、3万8000人の有権者に接触したという。 トランプ自身も大統領就任後にペンシルベニア州を24回も訪れている(自分のゴルフ場があるフロリダ州を除けば最多)。この9月にもピッツバーグ、ハリスバーグ、ラトローブ3市の空港施設内で大規模集会を開いた。 ===== 政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」の記者チャールズ・マケルウィーによると、有権者10万人未満の郡すべてで共和党の登録有権者が前回より増えている。州全体で見ると依然として民主党支持者が80万人ほど多いが、その差はこの4年間で16%ほど縮まったという。 郊外住宅地でトランプ陣営がよく持ち出すのは、人種差別に反対する抗議運動の「過激化」で、あたかもバイデンが暴動をあおり、警察を敵視しているかのような言説をばらまいている。黒人票も取り込みたいから、トランプ陣営は選挙CMに黒人の元NFL選手を起用し、「(副大統領時代の)バイデンは大勢の黒人男性を投獄した。トランプ大統領が彼らを解放した」と言わせている。 とにかく農村部と準郊外地で4年前のリードを広げ、郊外住宅地での失点を少しでも減らすこと。これが共和党の目標だ。 バイデンに独自の強み バイデン陣営も負けてはいない。民主党の予備選に出馬して最初の演説会場には、ピッツバーグ市内の労働会館を選んだ。そして「皆さん、私がなぜここに来たか。今度の選挙でトランプに勝つためには、まずこの州で勝つ必要があるからだ」と訴えた。 バイデン陣営の同州責任者ブレンダン・マクフィリップスに言わせると、最近まで対面の選挙運動を控えたことや現地事務所を置かなかったことはマイナスにはなっていない。過去3カ月で陣営スタッフやボランティアは500万人近い有権者に電話をかけ、あるいは電子メールでメッセージを送った。 前回のクリントンは4万4000票差で負けたが、そのくらいはフィラデルフィア郊外で挽回できるともいう。郊外住宅地は反トランプ色が濃く、2018年の中間選挙では下院の3議席を奪還できた。農村部での巻き返しも図り、既に「250回以上」のイベントを開いた。 マクフィリップスは言う。「私たちは州内各地をくまなく訪れ、有権者全員と話をするよう全力を挙げている。誠実に対話し、投票を頼めば、多くの有権者を取り返せると考えている。(共和党が強い地域で勝つのは困難でも)、差は縮められる。それが決定的な違いを生むはずだ」 そしてバイデンには、クリントンともトランプとも違う強みがある。隣のデラウェア州選出の上院議員として36年のキャリアを積み、その間にペンシルベニアの労働組合や産業界の有力者とのつながりを深めたことだ。USW(全米鉄鋼労組)ペンシルベニア支部長のボビー・マコーリフは言う。「バイデンは私たちの問題を理解している。(4年前の)トランプは関税引き上げで鉄鋼業界を再生すると主張し、それに心を動かされた組合員もいたが、実際は今も多くの雇用が国外に流出し続けている」。だから同支部は今回、早々にバイデン支持を表明した。 ===== バイデン陣営は州内の選挙広告にも力を入れる。市場調査会社カンター/CMAGによると、4月から9月中旬にかけて、トランプ陣営の倍以上となる2700万ドルの広告費を投入した。9月中旬以降も、同州で流すテレビCMにトランプ陣営が1150万ドルをつぎ込んだのに対し、バイデン陣営も互角の1010万ドルを投じている。 「バイデン優勢」の世論調査には4年前よりも信憑性があるとみる専門家もいる。「(4年前は)州ごとの調査回答者の教育レベルを考慮していなかった。しかし教育の差が票の出方に関連すると分かった今回は、その点が改善されているはずだ」とディキンソン大学のオコネルは指摘する。 投票後に待つ訴訟合戦 どちらの陣営も、ペンシルベニアは絶対に落とせないと考えている。だから投票が終わっても、素直に結果を受け入れて引き下がるつもりはない。つまり、投票で負けたら訴訟で投票の有効性を争うということだ。 とりわけ注目されるのは、郵便による期日前投票の扱いをめぐる問題だ。今年は投票日に投票所へ出向いて新型コロナウイルスに感染するリスクを避けるため、郵便投票を選ぶ有権者がペンシルベニア州だけで300万人弱に達する見込みだ。 既に同州の最高裁は、所定の封筒を使っていない郵便投票の有効性確認を求めた民主党陣営の訴えを却下。一方で郵便投票の到着日に関する共和党陣営の訴えを退け、投票当日の消印があれば有効との裁定も下している。 ちなみに、ペンシルベニア州では9月段階で郵便投票の申請が240万件あり、そのうち66%が民主党支持者で、共和党支持者は24%にとどまっていた。 いずれにせよ、ペンシルベニア州の結果で全米レベルの勝敗が決するとすれば、そして大方の予想どおりペンシルベニアが大接戦となり、郵便投票の開票が終わるのを待たねばならないとすれば、投票日の晩に決着がつくことはない。投票日(11月3日)の消印が付いた郵便投票の開票が全て終わっても、そこから訴訟が始まる可能性が高い。そうなると20年前(フロリダ州での開票作業をめぐる訴訟で決着が12月半ばまでずれ込んだ)の二の舞いだ。オコネルに言わせれば、それこそ「考えたくもない大醜態」である。 <2020年10月27日号掲載>