<ネット上で、あるいは自粛警察として「正義を振りかざす」人はどんな人なのか。データ分析から分かったのは、ネットに没頭する暇な人ではなく、「男性」「年収が高い」「主任・係長クラス以上」という傾向を持つ人たちだった> SNSやネットニュースなどのコメント欄で、罵詈雑言のたぐいを目にすることは決して少なくない。つまり、炎上させたり、あるいは炎上に参加して、赤の他人を攻撃してしまう相当数の人がいるということだ。 それらはネットを利用していれば否応なしに目に飛び込んでくるだけに、もはや見るのを避けるほうが難しいとすら言えるかもしれない。『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(山口真一・著、光文社新書)の著者も、本書の冒頭でそのことに触れている。 このような炎上は日常的に耳にすることが増え、「特別な現象」ではもはやなくなってきた。Webリスクについて調査・コンサルをしているデジタル・クライシス総合研究所によると、2019年の炎上発生件数は、年間1200件程度であったようだ。一年は365日しかないので、一日当たり3回以上、どこかで誰かが燃えているのが現実といえる。(「はじめに」より) しかもそれはネットだけの話ではなく、「極端な人」はさまざま場所に存在している。例えばそのいい例が、少し前に問題視された「自粛警察」だろう。 緊急事態宣言が発令されるなか、外出や営業の自粛要請に応じない個人や店舗、企業などに対し、「通報する」「中傷ビラを貼る」「電話をして暴言を吐く」「ネットで攻撃する」などして"私的な取り締まり"をする人たちのことである。 「自粛警察」出現の発端となったのは、言うまでもなく新型コロナウイルスの流行だ。姿の見えないウイルスが社会全体に不安を与えた結果、常に人々がストレスを抱えるようになった。そして、それが他にもさまざまな"理由"をつけて火を放つ人の数を増やしたというわけだ。 人々はどのように対策をしたらよいのか分からないにもかかわらず、漠然とした不安を抱え続ける。そのような状況で、「悪者」を見つけて自分の中の正義感で批判をすることで、不安を解消して心を満たそうとするのである。脳科学の分野では、正義感から人をバッシングすることで、快楽物質「ドーパミン」が出るとも言われる。(87~88ページより) では、「極端な人」とは具体的にどのような人たちなのだろうか? そう問われたとき、「暇を持て余し、常にネットに没頭している、どちらかといえば社交性の低い人たち」というような印象を抱く人は少なくないはずだ。 しかし、そんな捉え方を著者は否定する。彼らはどこか遠いところの人ではなく、実はすぐ近くにいるというのだ。 ===== たとえ役職付きで忙しくても、同居している家族がいても そこまで言い切るのは、著者が実際にデータ分析を行ったからである。2014年に20〜69歳の男女約2万人、2016年に同じく20〜69歳の男女約4万人を対象としたアンケート調査のデータを使ったそうだ。 当時既に頻発していた「ネット炎上」についてどのような行動を取ったかを調査し、炎上参加行動に関する数学的なモデルを構築して、「どのような特徴を持っていると炎上に加担しやすいのか」を分析したのである。 なお、ここでいう「炎上に参加した」とは、「過去に1度でも炎上した事例について、ネット上で書き込んだことがある人」を意味する。 その結果、2回とも意外な結果を示した。なんと、「男性」「年収が高い」「主任・係長クラス以上」といった属性であると、炎上に参加しやすい傾向にあるという結果になったのだ。(119〜120ページより) 暇を持て余しているどころか、社会的に相応のステイタスを持ち、日々忙しく働いている人たちということになる。確かに意外だが、こうした結果が出たことを、著者は次のように解釈している。 冷静になって考えてみれば、「極端な人」としてネットに書き込みをするのに、何も大量の時間は必要ないことに気付くだろう。たとえ役職付きで忙しくしていても、同居している家族がいても、仕事の休憩時間や家に帰ってからの自由時間の間に、今日1日何があったかネット上で情報収集し、書き込むのは容易い。書き込むことに集中すれば、2時間もあれば数百件は書き込めてしまうだろう。 ネットはそれほど、我々が情報を収集して発信をするという行為のハードルを下げたのだ。結局のところ、誰でも「極端な人」になれてしまう。それが今の情報社会の現実なのである。(123〜124ページより) しかも、それはネットだけに限った話ではなく、クレーマーなども同じような位置にいると言える。 例えば、いつも攻撃的で部下を否定してばかりいるような上司、そういった人が「極端な人」であり、ネットでも暴れている人だというのだ。もちろん全員がそうであるわけではないが、傾向としてはあるのかもしれない。 だが、そう考えていくと、ひとつの考えに行き着く。他人事のように思えるが、実は自分が「極端な人」になってしまう危険性もあるということだ。だとすれば、そうならないように気をつけなければいけない。そのためには、次の5箇条が効果的であると著者は言う。 ===== ①情報の偏りを知る②自分の「正義感」に敏感になる③自分を客観的に見る④情報から一度距離をとってみる⑤他者を尊重する(180〜181ページより) コロナで不安が増し、人を攻撃して快楽を得ようとしてしまう まずは①。ネットには、極端で否定的な意見が書かれやすいというバイアスが存在する。しかも自分に誹謗中傷が集中して炎上状態になったりしたら、周囲が全て敵のように見えてくるだろう。 だが実は、"大多数の声"に見えるものは、ごく一部の「極端な人」が発しているだけだというケースも少なくない。そこで、真実を見極める目が求められるということだ。 次に②。著者も言うように、正義感というものは非常に厄介。人は自分が正しく相手が間違っていると思うと、つい攻撃的になるものだ。そのため、自分の感情に敏感になる必要があるのだ。 テレビやネットニュースなどを見ていて「イラッ」とする情報に出合っても、感情的な状態のままSNSに投稿するのではなく、ワンクッション置いて「本当に発信すべきだろうか」と考えてみる冷静さが求められるのである。 その考え方に付随するのが③で、すなわち過剰な批判や誹謗中傷をしている自分のことを、第三者目線で客観視するべきだということ。人は自分のことを棚に上げ、他人を責めてしまいがちだからだ。 日々情報が押し寄せてくる現代にあっては、④も忘れてはいけないポイント。情報があふれていれば自分が不快に感じる情報と出合う頻度も高まってくるわけで、しかも新型コロナの影響もあって昨今は暗いニュースが多い。 したがって、情報に接すれば接するほど不安が増していく。その結果、正義感から人を攻撃して快楽を得ようとしてしまい、「極端な人」に向かってしまうわけだ。 そうなるべきではないからこそ、⑤が重要な意味を持つのだろう。他者を尊重するとは、「他人」と「自分」をフラットに見て、相手に想いを馳せること。そうすれば「自分がやられて嫌なことをしたとしたら、相手がどう感じるか」を想像できるため、極端な行動に走らずに済むのだ。 繰り返しになるが、現実的にはいつ自分が「極端な人」になってしまうか分からないものだ。「そんなものにはならない」と思っていたとしても、ならないという保証はない。だからこそ、この5箇条を意識に留めておく必要はあると感じるのだ。 『正義を振りかざす「極端な人」の正体』 山口真一 著 光文社新書 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) [筆者] 印南敦史 1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。