<中国の経済成長と共に存在感を高めてきた人民元は、IMFから「国際通貨の象徴」に選ばれ、名実共に世界の表舞台に立った。何が飛躍の転機になったのか。AIIBや一帯一路もその国際化と関係しているのか> (本誌「人民元研究」特集より) 1948年に人民元が発行されてから73年。 かつては激しいインフレに見舞われたり外貨交換には兌換券が必要だったりと世界経済では「弱小」だった人民元が、今や米ドルから基軸通貨の称号を奪うとの議論が起こるまでに存在感を高めた。 その背景には、急速な貿易の拡大に牽引された中国の経済成長があった。だが一国の通貨が国際的な価値と評価を得るには、自由な取引を認める法制度と売買を可能にする金融市場が不可欠だ。 人民元も例外ではなく、規制緩和と為替市場の構築を慎重に、だが着実に進めてきた。 その変遷においては5つの重要なターニングポイントがあったと、中国経済の独立系調査研究機関プレナム(北京)のパートナー、陳龍(チェン・ロン)は語る。本誌・前川祐補が聞いた。 ◇ ◇ ◇ ――人民元が国際化へと動き始めた最初の転換点はいつだったのか。 2005年に米ドルとの固定相場制度を撤廃し、変動相場制に移行したときだ。1996年以降はおおむね1ドル=8.3元に固定されていたが、市場の動きに合わせるようになった。 もっとも完全な変動相場ではなく、1日の変動幅は中国人民銀行(中央銀行)が交付する中心レートの上下0.3%以内の変動幅に限定されていた。この幅は数年をかけて徐々に広がり2014年には2%まで拡大した。 ただ当時は取引できる主体が国内の投資家に限定されていたこともあり、国際化の入り口に立ったという程度だった。 より本格的なステップは2010年。香港において人民元の取引を解禁したことだ。中国本土以外で流通するいわゆるCNH(オフショア人民元)と呼ばれる人民元で、国外の投資家はこの資本市場の誕生によって人民元の本格的な自由取引が可能になった。 投資家はこのとき初めて、ドルやユーロなどの通貨と同じように人民元を取引できる感覚を得たのではないかと思う。 ――国内(オンショア)と国外(オフショア)の2つの為替市場ができたわけだが、そうした理由は? 中国政府は通貨の安定を非常に重視している。制御できないほど取引が拡大したり相場が乱高下すると金融市場が混乱して国内経済が打撃を受けるため、自由化を慎重に進めた結果だ。 中国の為替当局は、1985年のプラザ合意による円高ドル安路線がその後の日本経済に与えた影響から多くを学んだ。 ===== ――為替取引のインフラが出来上がったわけだが、第3のステップは? 2015年に事実上、自由な人民元の取引ができるようになったことだ。この年を境に人民元はより「普通」の通貨になった。 変動相場制に移行した2005年からの10年間はドルに対して緩やかに元高が進んできたが、一時期を除けば元安にはならなかった。通常の為替取引においてそうした動きはまれで、元安にもなれば元高にもなる。 中国政府はこの年に人民元の対ドルレートを大幅に切り下げた。人民元の崩壊などとも報じられたが、実態は市場の動きをより正確に為替に反映させるための措置だった。 今でも変動幅の制約はあるものの、対ドルレートの1日の変動率を見ると、円/ドルやドル/ユーロなどの主要通貨の為替変動と大きく変わらない。 ――「普通」の通貨にした理由は? それは4つ目のターニングポイントであるIMFの制度、SDR(特別引き出し権)の構成通貨になることと関係する。IMFは5年ごとにSDRの構成通貨を見直すが、2015年がその年だった。 構成通貨となるには市場の実勢に近い為替レートが担保されていなければならず、そのためIMFにアピールする意味で市場の動きを反映させる為替政策を進めたのだろう。 結果、2015年11月のIMF理事会で人民元はSDRに採用された。SDRは非常時に使われる準備資産のため日常の金融取引では大きな意味を持たないが、世界で5つの通貨しか採用されておらず、重要な国際通貨としての象徴になる。 ――では5つ目のターニングポイントは? 中国国内の債券と証券の取引自由化だ。人民元建ての金融資産の取引が増すことで為替取引も活発化する。 この際に重要な役割を果たしたのがボンドコネクト(債券通)。これは国外の投資家が中国本土の債券を香港市場で売買できる仕組みだ。 本土の市場で直接売買することもできたが、債券通を使ったほうが投資額や取引時間などの制約が少ないので簡単だった。実際、この仕組みの導入後に取引は大きく拡大した。 ここに挙げた5点には含めなかったが、中国人民銀行が各国の中央銀行とスワップ協定を結んだことも、人民元の国際化において重要な出来事だった。 日本とも締結しているが、これは例えば金融市場の混乱などで日本の金融機関や企業が人民元を市場で調達できなくなった場合に、日銀が中国人民銀行を通じて日本円と人民元を交換して市場に融通させる仕組みだ。もちろん逆のパターンもあり得る。 いわば火事が起きた際の消防署のような役割を果たしてくれるわけで、火事は頻繁には起きないが、起きたときに対処できる措置を得たことは人民元の国際化にとって必要な金融インフラだったと思う。 ――アジアインフラ投資銀行(AIIB)や一帯一路を人民元の国際化を図る手段とみる向きも多い。 AIIBの融資はドル建てが基本で人民元の割合は小さい。借り手にしてみればそのほうが(為替リスクの心配も少ないため)使いやすいからだ。少なくとも現段階では人民元の普及のツールにはなっていない。 これは(創設以来、日本人が総裁を務める)アジア開発銀行(ADB)でも円よりドルを多く使っているのと似ている。一帯一路も同じで、通商政策的な側面が強く、人民元の国際化とはさほど関係がない。 ===== 本誌「人民元研究」特集25ページより <2021年3月9日号「人民元研究」特集より>