<駐留米軍の完全撤収が迫るなか民間人攻撃が急増、故国を捨てて移住する動きが再び広がっている> ほこりまみれの街並みと雪を頂いた山々が眼下を飛び去っていく。飛行機がエンジン音を立てて上昇するなか、アフガニスタンのパスポートを握り締めたジャワド・ジャラリ(30)の目に涙があふれた。故国から去るのは、たやすいことではない。 「戦争はとてもむごい」と、報道写真家のジャラリは言う。「全てを奪われる。仕事も安全も、希望も夢も」 アフガニスタンでの紛争が始まってから20年近くがたち、アメリカは同国からの完全撤収に向かっている。荷物をまとめて出て行こうとしているのは、米軍だけではない。 アフガニスタンではこの1年、なかでも過去数カ月間に、国内各地の治安が前代未聞のレベルに悪化している。特に深刻なのが首都カブールだ。 昨年9月以降、暗殺事件が200件前後発生していると、ある治安当局者は語る。独立団体アフガニスタン・ジャーナリスト安全委員会によれば、狙われているのは報道関係者だ。この1年間に起きた暴力事件は132件で、アフガニスタン人ジャーナリスト7人が死亡し、18人が負傷した。 国連によると、アフガニスタンでは昨年、民間人3000人以上が殺された。昨年9月にイスラム原理主義勢力タリバンとアフガニスタン政府が和平交渉を始めて以来、民間人犠牲者数は急増している。 今やカブール市民にとっては、爆発の音で目を覚ますのが日常だ。市民は爆弾攻撃のパターンを割り出そうとし、ラッシュアワーの外出、あるいは外出そのものを避けようとしている。 だがジャラリの場合、家に籠もることも選択肢でなくなった。自宅の近所がロケット弾攻撃を受けたのは昨年11月。絶え間なく続く攻撃と不安に心をむしばまれた。 ===== 「近所にロケット弾が落ちてきて、子供たちを抱えて地下室に逃げ込んだ」と、ジャラリは振り返る。「あらゆる場所が前線だと思い知らされた。自宅の窓辺にいても、家族の命が直接脅かされることになりかねない」 タリバンの悪夢再び ジャラリは安定した職と庭付きの大きな家、愛車のベンツを手放してトルコに移り住むことにした。「全てを置き去りにして、仕事も知人もなく、言葉も知らない外国へ行く。私の魂は打ち砕かれた」 この数カ月間、ジャラリと同じく、大勢のアフガニスタン人がカブールを後にしている。多くはジャーナリストや政府職員、人権活動家たち。つまり、アメリカが過去20年間アフガニスタン再生のために育成資金を投じてきた、教育水準の高い中間層だ。 彼らが快適な生活を送っていたカブールは、あまりに危険な場所になった。「2001年以降で最も暗い状況だ」と、アフガニスタン独立人権委員会のシャハルザド・アクバル委員長は語る。 暴力が激化したのは、タリバンとアフガニスタン政府の和平交渉が1カ月以上行き詰まっていた期間だ。だがトランプ前米政権とタリバンが昨年の和平合意で、アフガニスタンに残る米軍兵士約2500人の完全撤収期限と定めた5月1日が迫るなか、両者は2月22日に交渉を再開した。 もっとも、バイデン米政権は超党派の諮問機関が取りまとめた報告書の提言を受け、完全撤収の期限を延長する方向に傾いているようだ。いずれにしても、アフガニスタンの今後の見通しは暗い。 タリバンは現在、国土の約半分を実効支配している。駐留米軍が期限どおりに完全撤収しなければ、暴力がさらに増加するとみる向きは多い。その対象には、外国人も含まれる。タリバンはNATOに宛てた声明で「占領と戦争の継続はあなたたちの利益にも、双方の市民の利益にもならない」と述べている。 一方、駐留米軍の完全撤収にもリスクが伴う。タリバンと政府が和平合意に達する前に米軍がいなくなれば、暴力による政権奪取や軍閥主義への転落が起こるのではないかと多くの国民は懸念する。内戦下でタリバンが台頭した92~96年当時が再現され、米軍侵攻以前に後戻りすることにもなりかねない。 ===== アメリカに裏切られた 「01年以降、多くのアフガニスタン人が帰国し、故郷でのキャリアや生活の構築に投資した。14年に駐留米軍が大規模撤退したときも、多くが故国にとどまって問題解決に取り組む道を選んだ」と、アクバルは言う。「そうした人たちが今、国を去っていることがつらい。そこにあるのは真の絶望というメッセージだ」 国外脱出の動きは広がっている。マスード・アフマド・ニアズ(37)と妻のブラシュナは、隣国パキスタンへの移住を決断した。第1希望の移住先ではないが、資金が十分でなく、パキスタンのビザなら入手が容易だったからだ。 マスードは20年近くの間、駐留米軍の下で機械工として働いていた。米軍部隊に協力した地元住民を対象とする再定住支援プログラムに基づき、アメリカの特別移民ビザを申請したが、トランプ政権だった昨年、説明もないまま却下された。 子供たちは何カ月も外で遊べないでいると、ブラシュナは話す。「子供たちにとっては刑務所暮らしのようなもの。暴力事件があまりに多過ぎる。普通の子供時代を過ごし、平和の中で成長してほしい」 「アメリカ人のために働いたが、裏切られた」。カブール市内の自宅アパートで、米軍兵士らと一緒に撮った写真を見ながらマスードが言う。 「夜もほとんど眠れない。パキスタンへの脱出が私たちの唯一の選択肢だ。アフガニスタンはもう安全ではない。タリバンが復活したら、私たちの居場所はなくなる」 <本誌2021年3月9日号掲載>