<3月11日で東日本大震災と福島第一原発事故から10年。当時、民主党政権の担当相として、最前線で事故処理・対応に当たった細野豪志衆院議員が語る反省と課題と希望> 3月11日で東日本大震災の発災から10年を迎えた。マグニチュード9.0の大地震に大津波、さらに全電源消失による福島第一原発の炉心溶融と水素爆発事故は東北地方に大きな被害を残し、その傷はまだ十分癒えたとは言えない。震災関連死を含む死者数は2万2000人に達した。 震災当時、民主党政権の原発事故収束担当相・環境相として、最前線で事故処理と対応に当たった細野豪志・衆院議員が3月1日、社会学者の開沼博氏と『東電福島原発事故 自己調査報告書』(徳間書店)を上梓した。田中俊一・初代原子力規制委員会委員長、近藤駿介・元原子力安全委員会委員長、佐藤雄平・前福島県知事ら行政組織のトップだった人たちから、福島原発の廃炉作業をルポした漫画『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』作者の竜田一人のような現場レベルの人たちまで、12人の言葉から「ファクト」を切り出す証言・提言書だ。 廃炉作業の過程で発生した原発汚染水を処理した水は125万立方トンに達し、1000基を超えるタンクに収容されているが、来年秋には貯蔵容量が満杯になる。燃料デブリの除去が必要な廃炉作業が終わるにはあと30~40年かかる。事故がどう収束するのか誰も先が見えず、しかしコロナ禍の中、同じ「見えない脅威」である放射能への関心は薄れつつある。 12人の「証人」の言葉に耳を傾けつつ、細野氏は当時の自らの判断の過ちも問うている。何が正しく、何が間違っていたのか。そして今、何が必要なのか。今も事故と福島県に向き合う細野氏に聞いた。(聞き手は本誌編集長の長岡義博) * ――なぜ、いまこの本を出版しようと思われたのですか? 細野:震災から10年なので、記憶の風化を考えるとここがラストチャンスと思ったんです。2012年に原発事故直後の対応については政府・国会・民間と3つの事故調査報告書が出ていますが、2011年から12年にかけての政策決定の検証は十分には行われていない。その中で、明確にいくつか検証されるべきこと、改善すべき問題があると思っていました。それを書きたかった。 最後に掲げた6つの課題(編集部注:処理水の海洋放出、除染土の再生利用、甲状腺調査の根本的見直し、食品中の放射性物質基準値の国際標準への変更、危機管理に対応できる専門家育成、双葉郡を中心にしたと町村合併の検討)を提案するためには、誰と話すべきかを考えました。 いわゆる「政治家本」にはしたくなかった。一昨年、民主党から自民党会派に入ったのですが、政治家として残された時間に何をやるかを考えました。この3年間、ずっとそれを考えてきた。その中で書いた本です。 ===== 東電本店で記者会見する細野豪志・環境相兼原子力行政特命担当相(当時、2012年5月) Tomohiro Ohsumi/Pool-REUTERS ――選挙区でもない、担当の役職にいるわけでもない。東北に関わらなくても、誰も批判しない。それでも、この問題にかかわり続けるのは? 細野:最大の理由は一番初めに関わったから。これはもう、1つの運命です。もともと私は阪神淡路大震災で政治を志したんです。(福島第一の)原発事故の中で、正直に言って当時の政治家の中で腰が引けた人もいた。私はルーツが阪神淡路なので、逃げることはできないと思った。そこから10年経って、「これだけはやっておきたい」と思ったことが(本を書いた)最大の動機です。 ――新型コロナの流行があり、東日本大震災のことはかなり忘れられています。原発の問題も忘れられている。メディアの責任ではあるが、同時に政治の責任でもある。 細野:正直、この本の出版を数社に持ち掛けたんですが、「今はコロナばかりだから」と断られました。ちょうど1年前から(発災)10年に向けて動き出したんですが、私の肌感覚と世間の肌感覚のずれはこの1年、すごく感じました。 ――でも、コロナも原発も「科学と政治」という部分は共通する。 細野:そこはまさに一致する。ゼロリスクを求めたことの問題点です。あと、およそ科学的に分かっていることについて、言葉を濁すことの弊害。まさにワクチンがそうです。ワクチンを打つことが個人にとっても、社会にとっても必要だと言うこと。みなさんが打つ、打たないは自由と言わない方がいい。打ってくださいときちんと言うべき。そのうえで、リスクとベネフィットを説明する。打たないことで、違うリスクが出ることの説明をすべき。 そこが十分やりきれなかった反省が、処理水や食品の安全基準の問題でした。のち甲状腺検査が問題になった時も、リスクをどう考えるかということが非常に影響した。今につながる問題です。 ――処理水は来年秋にもタンクが満杯になります。しかし、どうするか議論はまったく深まっていない。 細野:もっと早く決断すべきだったと思います。非常にリスクが大きい、という現状が伝わり切っていない。2月に東北で大きな地震があったが、恒久的な施設ではないので、処理しきれていない水が漏れる可能性があった。現場の負担も大きい。2人が現場で亡くなってもいる。それが伝わっていない。みんな「今後も大丈夫」と思っているが、そうではない。 これから、(福島第一原発)サイト内の大熊町側がいっぱいになる。双葉町側に置くとなると、(燃料)デブリを置く場所がなくなるので廃炉にも支障が出る。廃炉に支障が出るのは非常に大きな問題。 ===== ――なぜ人はゼロリスクを求めるのでしょうか。 細野:リスクがある、というニュースはメディアで伝えやすい。先日、コロナワクチンを打った方がくも膜下出血で亡くなった、というニュースが流れました。因果関係は考えにくいが、見出しとして立てやすく、SNSでもバズる。その部分だけ見れば事実だが、科学的なファクトを見るべきです。 処理水を流すことは、ゼロリスクではないかもしれない。しかし、これまで世界では普通に(海洋に)流されてきた。(放射性物質の)トリチウムの安全性について科学的にすべてわかっているわけではないが、今のところ被害は出ていないし、今後も出ないと予想されている。リスクはある、ということだけ流すのはフェアではない。風評被害が出ている、とだけ情報を流すのは風評被害の拡散でしかないのと同じです。 とはいえ日本人は冷静で、ほとんどの国民はそういった情報が流れても冷静に受け止めると思います。処理水の問題も同じです。例えば福島産の食品については、90%以上の人が安全性に問題がないので気にせず食べる、と言うんです。ほとんどの人は冷静だが、一部リスクを過大視する人がいて、そういった人たちの声が大きく、政策決定も影響されてしまう。 ――東京は今まで福島に原発を押し付けてきた。事故で過大な負担を強いているのに、処理水の問題まで福島に押し付けていいのでしょうか。 細野:一昨年、日本維新の会のみなさんから「大阪湾で放出を」という話が出たことがありました。維新らしい義侠心のある話でしたが、現実には難しい。(海洋汚染について定めた)ロンドン条約があり、船からは出せず、陸からしか放出できません。新たな陸上の場所から放出するとなると、大きな建物も作らなければならない。 福島だけに負担を押し付けるべきでない、という意味では、中間貯蔵施設の除染土の再生利用を進めるのはあります。いま、線量が8000ベクレル/キロ(編集部注:1年間その隣で作業しても追加被ばくが1ミリシーベルト以内に留まる)を大きく下回っているので、安全性が確保されたものについては道路工事の路盤材に使う、家庭ごみ焼却灰の最終処分場の覆土に使うことをインセンティブを付けて進める。そして最後に残った線量が高いものをどう処理するか、という議論に集約しないと膨大な処理量になる、と環境省に強く言ってきました。 ===== ――科学的な正しさを強く訴えても、国民は簡単には耳を傾けてくれない。 細野:マイナス面だけを議論すると、どうしても煮詰まってしまうんです。福島に関してはアドバンテージもある。福島沖はほぼ10年間漁をやっていないので、魚は数も多いしサイズも大きいです。もともと親潮と黒潮がぶつかるところで魚の質が良く、その質がさらに上がっている。そういったプラス面をアピールすることで流通し、買い手がつく状況をつくらないといけないです。 岩手県と宮城県のがれき広域処理を環境大臣のときにやりました。全国にお願いして、私の地元の静岡県でも5つぐらいの自治体が受け入れてくれた。当時、「そんなことをしたら静岡県の食べ物が風評被害で売れない」という話があったが、そんなことはなかった。大阪も北九州も東京も受け入れたのですが、初めはものすごく反対運動が起きる。でも、実害が起きないのでみんな冷静に受け止めました。 処理水もきちんとやれば可能だと思います。もちろん100%モニタリングをする。IAEAも監視に加わると言っているから、国際社会のモニタリングも受ける。情報公開をすれば、一時的にいろいろなことは起きるが冷静に受け止められる状況は作れる。日本人は冷静さ、バランス感覚を持っていると思います。 ――竜田一人さんが対談の中で、細野さんが当時、(追加被ばくの線量を年間)1ミリシーベルトに決めたことを批判しています。 細野:「(1ミリシーベルトは)安全の基準そのものとは関係ない」と言ってはいたが、伝わらなかった。福島県浜通りの多くの地域では安全です、と力を入れて言えば良かった。 なぜそれが言えなかったか。事故を起こした責任の一端があるから、「安全だ」と言うことを躊躇した部分はあります。科学的というより政治的な判断をしていた。「すぐに帰れます、(1ミリシーベルトは)安全基準とは関係ありません」ということを、もっと言うべきだった。丁寧な説明はしたが、反論したり断言したりはしなかった。 科学的なコンセンサスがあるものについては、きちんと言うべきです。科学者は10年後も、「これまでのところ安全です」としか言わない。それは100年後も変わらない。結果として、「除染が終わらないと帰れない」という意見が続き、帰還が遅れた。街の復興にも遅れが出た。それだけでなく、転々と避難することで命を落とした人もたくさんいる。被ばくでなく、避難の影響で体調を崩したり命を落とした人は相当いるんです。 ===== ――原発事故の被害が多くを占める東日本大震災は、半分は人災ではないでしょうか。ここから学ぶべきことは多いし、忘れてはならないことも多い。 細野:津波の教訓も忘れてはいけないし、原発事故は何だったのか。そして学ぶべきことは何か。日米同盟も一度検証したく、磯部(晃一・元陸上自衛隊東部方面監)さんともようやく対談できました。戦後、経験したことのない国家的な危機だったので。 ――処理水の問題はどうなるのでしょうか。 細野:総選挙までできないかもしれないと危惧しています。といっても、来年には参院選がある。福島県知事選もある。本当は去年がチャンスだったんです。安倍政権でやるつもりだったのが菅政権になり、これもできなくなっている。「やる」と決まっていただけに、現場には絶望感があります。 1つのやり方として、テスト的に放水するという手はある。きちんとモニタリングして、それを批判的な立場の人にも検証してもらう。ただ、今は政治マターになってしまって、パタッと動きが止まっている。 ――震災と原発事故のことが半ば忘れられている状況が何とも残念です。 細野:10年はみんなが一度思い出す節目じゃないですか。ここで「これだけの課題がある」ということを再認識する。「復興が遅れている」と言われるけれど、私は必ずしもそう思っていない。10年前に大熊町に復興拠点ができるとは思ってなかったです。(原発対応拠点になっていた)Jビレッジがあんなにきれいに戻るとは想像できなかった。そういう意味では、よくここまで来たんです。そこをちゃんと評価すべき。そのうえで「残った問題がこれだけある」ということを明確にして、解決の機運を高める。(これからを)そんな10年にしたいです。 『東電福島原発事故 自己調査報告書』(徳間書店)